遅い夏休み

大津サービスエリアから見た琵琶湖

遅い夏休みを頂いて、実家へ車で帰ってきた。やっぱ関西へ帰ったらきつねを食べなあかんわな。甘辛でも、相当甘く煮たおあげさんと、しこしこのうどん、で、透き通っている出汁が強めのおつゆ。これを食べると帰ってきたなぁ~~と実感する。
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大津サービスエリアから見た琵琶湖

遅い夏休みを頂いて、実家へ車で帰ってきた。やっぱ関西へ帰ったらきつねを食べなあかんわな。甘辛でも、相当甘く煮たおあげさんと、しこしこのうどん、で、透き通っている出汁が強めのおつゆ。これを食べると帰ってきたなぁ~~と実感する。
いつの間にか新名神(第二名神と言っていた道路)が開業していた。知ってた??東京だとまったくニュースにもなってなかったんじゃない?これで、東名の豊田から名古屋の湾岸を抜けて、滋賀の草津まで繋がった。
これが、めちゃくちゃ便利。今までの東名で関ヶ原、米原を抜けて行くと、豊田と草津なら2時間以上という感じ。しかも、冬は雪が降るし、道路はくねくねでスピード出せないし。が、新名神は、まっすぐだし、車少ないし。一部は、3車線だし。豊田、草津の間を1時間(!!)で走れた。でね。その新名神のインターチェンジの一つに信楽という場所があるのよ。そう、狸の置物で有名な信楽焼の信楽。

その信楽の近くの貴生川という場所は、私が幼稚園と小学生時代を過ごした場所。せっかく近くを通ったので、見に行ってみた。

当時は、木造の建物で、ボットン便所。なんとなく常にうんこの臭いのする場所だったと記憶しているけど。こ~~~んなに綺麗になっちゃって。。(^^ゞ

小学校にも行ってみた。そもそも、当時は、水口町立だったのに、いつのまにか、甲賀市立になっているし。

めちゃめちゃ、モダンな校舎。学校は丘の上にあって、立派なツツジで垣根になっている校舎への坂道を相当上った記憶があるのだけど、ぜんぜん大したことない坂だった。子供の目には、すべての物が大きく写っていたんだよね。当時の校舎は、ひと棟は鉄筋だったけど、もうひと棟は木造だった。体育の道具の倉庫になっている一室から天井裏に上がれる場所があり、代々の子供たちが屋根裏で遊びまわった跡(道)があったんだよね。今の子からすると想像を絶する悪ガキ。

当時住んでいた家。そのまま残っていた。ちゃんとどなたかが住んでおられた。川がすぐ横にあるので、洪水を心配して、床下が異様に長い、というか、2階だけに住居を作ったとっても変った家だった。

庭には、柿、イチジク、ビワ、栗の木が植わっていたが、イチジクはもうなかったが、栗の木がこ~~んなに大きくなっていた。30年以上前の話だもんねぇ。そらイチジクは枯れるだろうし、栗の木は、ここまで大きくなるはず。

家のすぐ横にある川。ここでほとんど毎日のように釣りをしていた。当時は、アユがいるような清流だったのに、どぶ川に近い川になっていた。ここで釣った魚をとても食べる気にはなれない。。。(>_<)

その川の土手にあるお地蔵さん。このお地蔵さんの横は、当時飼っていたメルという名の犬が死んだ時に埋めた場所。メル帰ってきたよって、手を合わせていたら涙が出てきた。普段、そんな頃の記憶なんて、奥深くに仕舞い込んで毎日を生きるのに必死になっているけど、きっと誰もが大切に大切にしている記憶ってあるんだろうね。
これから、さらに年をとった時に、大切にしたいと思える記憶を作れるように、今日もがんばろ~~っと。なかなか充実した夏休みだった。

チェーン店だけど、なかなか美味い。麺やスープ、チャーシューもしっかりしているんだけど、いつもトッピングするモヤシと海苔が良い。軽く湯掻いてあるモヤシは、太くてシャキシャキの歯ごたえ。海苔は、青のり入りのとても香りのいい海苔。一つ一つの素材にしっかり気を使ってあって好感度高い。
神保町の博多ラーメン由丸(屋号は「由○」と書いてありました)で採集。
この12歳の少女の声は、我々大人が真摯に受け止めなくてはならない。何を言うかではなく、どう行動するかで人の価値は決まる。最近、エコバッグを手に入れた。ぼくは、もう、スパーの袋は使わない。
さて、あなたは、どんな行動をとりますか?